ほむらの家族4話 改変の傷跡

夕餉の時刻は普段より幾分か早い時刻だった。
本州とは太陽が沈む時間が違うし、何より雪雲で光が遮られてしまう。
陽に照らされている長さが、あちらとは全然違うんだ。
机の上には、昼間の残りの寿司と鰻丼が人数分添えられていた。
父と母と向かい合うようにまどかと隣同士に座った。

わたしはの自分の立ち位置をどうすればいいか困っていた。
再会を果たしたとはいえ、未だに記憶は朧気でもとに戻ったわけではない。
かと言って、現在の性格と、昔の性格では明らかに別人になってしまう。
この格好で来たのは、少しでも昔の自分になろうと考えたから。
やっぱり、むかしのわたしを演じたほうがいいのかもしれない。

「ほむらちゃんもすみにおけないわよね、こんな可愛い女の子を連れてくるなんて」

母がなじるような流し目で、こちらを見ながら切り出した。
何か愉しんでいるように見えるのは気のせいではないだろう。

だから違うと言ったはずでしょう。まどかとは友達だって。

まどかは恐縮するように、うつむいた。

「客に気を使わせないで。まどかとはそういう関係じゃないって言ってるでしょ?」

「お父さんも何か黙ってないで何か言ってよ」

「まあ、そうムキになるな。仲がいいのは悪いことじゃないよ」

なんとも微妙な反応だった。
まさかお父さんまで、疑ってるんだろうか?

「でもまどかちゃんと同じ部屋にしたのはまずかったかしらね」

「え?」

「ほむらちゃんに襲われたら、わたしの部屋まで来れば守ってあげるから」

「何を言ってるのよ……」

第一、わたしは毎日まどかと一緒に寝ている。
きまりが悪いので何も言わずにおいたが、そんなよからぬことを一度も考えたことはなかった。
目配せしようとすると、まどかもそんなわたしの様子を見て黙っているのがわかった。
ドキッ…。
なんだ?

「まどかちゃんは、ほむらちゃんみたいな無愛想な子のどこがよかったの?」

大きなお世話よ。

「や、やさしいところとか」

「真面目に答えなくていいのよ」


……あれ?
それっておかしくないかしら?
今はともかく、昔のわたしは決して無愛想ではなかったはず。
──それとも反抗期のせいでむすっとした印象を植えつけていたのか……。
可能性としては否定出来ないが……。
おとなしかったわたしは、聞き分けだけは人一倍良かった……と思う。

「どうしたの、ほむらちゃん?」

――まどか。

まさか、これって……
世界改変の影響なんじゃ?
考え過ぎか?

「ごめんなさい、ちょっと気分が悪くて……先に部屋に戻っててもいいかしら?」

「あらあら? 長旅での疲れが出たのかしら」

まどかは心配そうにこちらを見ているが、大丈夫だからと笑顔を向ける。
わたしは夕餉の席からそそくさと立ち去った。



部屋に戻ると机の中から、紙とペンを取り出した。
まどか、わたし、お父さん、お母さん、それぞれを丸と矢印で因果関係を整理していく。
まどかに関する記憶が多くの人間の中で書き換えられた。
それがまどかが行った世界の改変だ。

ここではみんな、まどかが存在しなかった世界を生きている。
しかし、わたしはどうだろう?
まどかのいた時間の記憶を持って、この時間に存在している。
でも、ここはまどかのいない世界で……。
──わたし、どうして魔法少女になったの?

この世界でのわたしのスタートは、いつも通り転校の初日からで、その時はすでに魔法少女だった。
これはおかしい。
まどかがいなかったなら、魔法少女になりたいなんて、絶対に思わなかったはず。
なぜわたしはキュウべぇと契約したんだろう?

「ねぇ……いるかしら?」

「もちろん。久しぶりだね、暁美ほむら」

白い毛玉がどこからともなく姿を現した。
なんでこんなところまで、とは聞かない。
こいつはそういうものだから。

「つまらないことを聞いてもいい?」

「なんだい?」

「わたしはどんな願いを叶えて、魔法少女になったのかしら?」

「つまらないことというよりおかしなことを聞くね。
 自分の祈りを尋ねられたのは初めてだよ」

それはそうだろう。
自身の契約の内容を忘れられる魔法少女などいないはずだ。

「わたしはあなたとと契約したのよね?」

「もちろん。でなければ魔法少女になれるはずがないからね」

時間移動してきた世界ではわたしはイレギュラーとして、キュウべぇから存在を認知されていなかった。
この世界のわたしは、直接契約を結んでいたようだ。
時間停止の能力は失われていたし、これまでの力とは違うものになっていることからもわかる。

「そういえば君は、別の世界からやって来たといっていたね。その話は非常に興味深い」

「いいから質問に答えて。わたしはどんな願いを叶えたのか」

「まあ質問に答えることはやぶさかではないけど……」

わたしは煮え切らないキュウべぇを睨みつけた。

「きみは純粋に力を望んだんだよ。 この世界を守る力が欲しいと」

「それがわたしの祈り?」

「本当に覚えていないようだね。でも、それなら何故今まで聞かなかったんだい?」

「だってわたしの記憶では、別の願いを叶えて魔法少女になったから……そうね。確かに失念していたわ」

時の流れを操る力が使えなくなっていた時に気づくべきだった。
そうか。わたしはこの世界を守るために契約を。
まどかの好きだったものを守ることを望んだんだ。

でも、やはり腑に落ちない……
たしかにわたしはこの世界を守りたいと思っている。
けれど、まどかと出会わなかったわたしが、そんな願いごとをする意味がわからない。
病院で目覚める前のわたしは、弱くて何もできない子だったのに……。

『まどかちゃんは、ほむらちゃんみたいな無愛想な子のどこがよかったの?』

お母さんは、わたしが無愛想だったと言っていた。
まるで、今のわたしがそのまま、子供の頃から家族と過ごしてきたみたいではないか。

まさか……。
まさか、わたしは……。

この世界が出来上がった時に、わたしは人格や記憶だけ世界を飛び越えてきたと思っていた。
だからこれまでの歩みがどうだったかなど、気にもとめなかった。
だけど、もしそうでないとしたら……。

本来、人生は過去の積み重ねで階段のように登っていくもの。
上には決められた道筋など存在しないから、階段の高さや傾斜、方角も自分で決めることができる。
けれど、わたしの場合は違う。
病院のベッドで目を覚ましたあの時に、気弱で何もできない暁美ほむらのままでは、今の私は存在できない。
つまり、お母さんが、わたしのことを無愛想だと言ったのは……。

「キュゥべぇ! ちょっと聞いて欲しい話があるのだけど」



「なるほど。確かに一理あるね。」

「そうなると、わたしは、以前からこういう性格だったってことかしら……」

「まあ可能性としては考えられるね。ただその仮説には一つ問題がある」

「なに?」

「君は、一人の人間の人格が全く別のものになったとして、世界にどれほどの影響が出ると思う?」

「風が吹けば桶屋が儲かるということわざがあったね」

全く関係のないようことでも、思わぬ影響があるという意味だったか。

「君が昔気弱だったというのなら、そうなんだろう。
 しかし、実際この世界での君はそうじゃない。
 君の人格が形成されるまでに関わった人、さらにその人達に関わった人の過去に遡ってまで影響を及ぼすはずだ
 一人の人格が突然変化するというのは、それだけでおおごとなんだよ
 下手をすれば、歴史そのものが大きく変わってしまうぐらいに」

わたしの人格一つで、そこまで変化するものか?
いや、きいたことがある。

「たしかバタフライ効果と言ったかしら。昔、SF小説で読んだわ
 けれど、それはあくまで仮説でしょう?
 第一まどかはもっとすごいことをしたのよ?」

この世の理を一つねじ曲げた。

「もしその理論が正しいとすれば、今頃世界はとんでもないことになっていると思うのだけど」

この世界では、これまでと同じような時間が流れている。
バタフライ効果による理論が正しいなら魔女が魔獣へと変化したことは、世界に大きな影響をもたらしたに違いない。
なぜなら、インキュベータと人類が歩んできた歴史そのものが大きく変わるからだ。
個人の人格どころの話ではない。
以前と同じような世界でいられるはずがない。

「その点については、疑問もあるけど、世界を変えてしまうほどの魔法少女のやることだからね」

「因果に影響をさせないよう、改変をしたと言いたいの?」

まどかの願いは少なからず、この世界の構造を歪めたはずだ。
同じ歴史をたどってきたはずがない。
しかし僅かな変化を積み重ねても、以前の形を維持しているとしたら……。

「それがどれだけ神がかった業なのか想像するに難くないだろう? 恐ろしい子だよ」

「まどかへの暴言は許さないわよ」

まどかは人類の歴史を変えてまで、魔女の消滅を望んだりはしなかっただろう。
何かこの世界で、バランスをとる役割を果たしているのかもしれない。

「これでも褒めてるんだけど……。
 まあ、君の話が本当だとすれば、君の性格が変わったところで、世界は全く変わらないだろうね」

まどかの力で、これまで通りの世界が維持されているということか。

「そう……」

やっぱり、わたしは昔からこういう性格だったことになったんだ……。


あの手の温もりを思い出した。

──お父さん。あなたは違うものを見てたのね……。

この世界で生きていたわたしは、わたしであってわたしじゃない。




「もういいかな?」

崩れそうになるのを、キュウべぇの声を聞いて押し留めた。
こいつの前で泣くのは、わたしのプライドが許さなかった。

「……もう一つだけ確認しておきたい」
 あなた、本当にまどかと契約する気はないのね?」

「その質問は何度目だい? 無為に時間を潰されるのは僕としても避けたいところだけど」

表情こそないが、心底嫌がっているように見えた。

「彼女には魔法少女になる資質がない。それは君も分かっているだろう?」

確かに。今のまどかには魔力の流れが、全く見えない。

「そもそもあの子には僕のことが見えていないじゃないか」
 マミたちと屋上で食事をした時や、君の家で料理をしていた時も、ボクのことには気づかなかった
 本当にそんなに力をもった魔法少女だったことを疑うぐらいだ」

これはこれでまどかが侮辱されているような気がして腹立たしい……。

「ならいいわ。もう用はないから、さようなら」

「……まあいいけど」

表情は変わらないが、不満そうな声を漏らした。

「ひとつ忠告しておくよ」

「あの子からは目を離さないほうがいい。何か良くないものがあの子の周りに見える」

良くないもの?
ただでさえ、わたしはまどかが心配でならないというのに、その言葉は余計に不安を煽るものだった。

「わたしの母の邪なオーラでは?」

やれやれという感じで首をふりながら、キュウべぇはいなくなった。



キュウべぇの気配が消え、わたしはその場に崩れた。

何よそれ……。

思わず笑みがこぼれた。

「馬鹿みたい……。三つ編みも、メガネも必要なかったんだ」

髪を解きメガネを手に取ると、それをたやすく握り潰した。
窓ガラスに映った自分の姿を見つめる。

彼らが見ているのは、”このわたし”
時間移動を繰り返してきた中で培った、この人格。

力のない笑いが、部屋の中に響いた。

――良かったじゃない。
昔のわたしを演じる必要もなければ、親に気を使う必要もない。
わたしが思うままに行動すれば、それが全て正しい。
だって、彼らにはそれが『私』に見えるんだから。

崩れるほむら2
          M&Iさん作

乾いた笑いが、嗚咽へと変わり始めた。

この程度で泣いたりするものか。後悔したりするものか。
わたしは、わたしは……様々な苦難を乗り越えてここに立っている。
苦境を乗り越えたから、そのご褒美にまどかと再会を果たすこともできた。
今更失って困るものはまどか以外に何もないはず。
あの子が笑っていてくれる限り、私は幸せ。
私は笑っていられる。
それなのにどうして。


どうして涙が止まらないのだろう……。



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